2006年06月18日

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ドイツW杯死のC組、アルゼンチン、コートジボワール、セルビア・モンテネグロ、オランダ。
このグループに今回私が日本の次に応援しているチームがある。

遡ること12年、今から3つ前のアメリカW杯の話。
当時最強の戦力を有しながらも大会への参加権を剥奪された国がある。

ユーゴスラヴィア。
80年代後半からユーゴスラヴィア代表は監督イビツァ・オシム(現ジェフ千葉監督)のもと、ストイコビッチ、サビチェビッチ、ミヤトビッチ、ミハイロビッチ、ボクシッチ、ボバン、スーケル、プロシネツキ、ザホビッチらのタレントを擁し、「東欧のブラジル」の名そのままの強豪国であった。
90年イタリア大会では準々決勝で一人少いながらも優勝候補であったマラドーナのアルゼンチンに120分間でドロー。
PKで敗退したものの92年のヨーロッパ選手権の優勝候補に押す者が後を絶たないほど強烈な印象を残していた。
しかしユーゴスラヴィアはヨーロッパ選手権はおろかアメリカ大会にも出場できなかった。

戦争がこの国のすべてを引き裂いた。

東欧のコスモポリタン国家は次第に民族主義的様相を強めていく。
結果ユーゴスラヴィアは世界地図から消え、セルビア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、マケドニアという6つの国に分断された。
もちろん代表チームも。

それでも98年フランス大会ではボバン、スーケルらのクロアチアが3位に入り、更にこれまでサッカーが盛んとは言えなかった小国であるサホビッチ率いるスロベニアも2000年のヨーロッパ選手権本大会、02年日韓大会と続けて本大会に出場した。

だが、ユーゴスラヴィアの戦績を引き継ぐセルビア・モンテネグロが今大会アルゼンチン戦で0-6というスコアで敗れ、大会を去ることが決定した。
私はここにユーゴスラヴィアの最後の破片が砕け散ってしまったのを見た。

今大会開会直前にセルビアからの独立が決定したモンテネグロは次回W杯予選からはひとつのチームとして扱われる。
かつてのサッカー大国はこれから6つの国、6つの代表チームで戦うこととなる。
posted by ISHIZUCHI at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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